英国に於いて臨床統治(Clinical Governance: CG)というようなことが始まったのは,ブリストル王立小児病院のスキャンダルのような医療安全を脅かすほどの医療の質の低下という現実があったからということなのですが,この背景には例のサッチャーによる医療費の抑制によって生じた医療現場の荒廃があるというのが定説のようです。ブレアのNHS(英国の医療システム)改革は医療費を1.5倍に増やして医療の質と,医療へのアクセスを改善しようと言うことです。①医療費,②医療の質,③医療へのアクセスの3者を同時に満足させることは出来ないと言うことらしいのですが,サッチャーは医療費を抑制することで,他の2者を犠牲にしたということです。一体どんなブレーンがついていたのか,それとも馬耳東風だったのか?
日本で医療事故が減らないのは日本の医療の古い体質のせいだという意見があるようですが,日本の医療費は世界的に見て低い水準に抑えられているのに,さらにそれを削減すると言うことが進行しています。医者は儲けすぎであるというイメージが社会的有効性を持っているのかもしれませんが,少なくとも真面目な医療機関はそのようなことはなさそうで,医療現場のやる気が低下すると医療事故は増えるかもしれません。
それはさておき,CGの研究会が今日ありました。
CGには実に様々な側面がありますが,そのフォーカスの一つが医療安全ということです。慶応の小林氏が診療録調査による有害事象の発生率算出のパイロット研究の結果を発表してくれました。有害事象の定義が「死亡,障害の残存,入院期間の延長,濃厚な治療の必要」などということでシリアスな事態を定義しています。予想された合併症はこの中に入っているのかについては質問し忘れてしまいました。日英比較を行って発生率が日本9%,英国約10%ということでほぼ互角ですが,防ぐことが出来たであろう事象は日本がおよそ30%,英国約半数ということで,日本の方が医療の質がよいのかもしれないというコメントがありました。しかし,英国びいきの見方をすれば防ぐことが出来ないほど日本の医療の質は低いと言うことになるのかもしれません。
気になるのは診療録の中身ですが,記載の質の比較をどなたか是非お願いしたいところです。国際比較というものは色々な要素があって難しいものです。(ちなみに,医療過誤による死亡者数は交通事故によるそれの2倍を上回るという推計で全米を驚愕させたLeapeらのHarvard Medical Practice Studyが出版されたのは1991年です。)
CGというのは企業統治(Corporate Governance)をモデルにしていて,英国のNHSを一つの巨大企業に見立てると丁度見合った内容といえるようです。株主=納税者というところでしょうか。日本の医療制度への影響力はどの様になるのか。裁量範囲の大きいprofessionの質を統制することは何を意味するか?EBMも専門職のあり方の変質を予感させましたがCGもまた専門職の自律性が統制され,評価の対象となるという意味で重いものかもしれません。
医療消費者(潜在的な)はこれをどう捉えるべきか,歓迎すべきか否か?何をこれがもたらすのか。企業統治も形式的にはもっともに見えますが,実質的には企業はこれを逆手にとって利用していたのでは,そしてほんとに効率が上がったのでしょうか,新しい利害関係者を増やしただけと言うことはないのでしょうか,新しい仕事を増やして大事なことがなおざりになることはないのでしょうか。書類書きに追われているという今日の教育現場のように。
私自身は日常的にインシデントレポートやオーディットで統制をしている側なのですが,そうした統制のあり方がもたらしている弊害はないのか気になるところです。
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